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  • 嶋田夏生・髙橋佑佳

川上郁雄先生

更新日:2021年8月12日

早稲田大学大学院日本語教育研究科教授


専門

日本語教育/文化人類学

早稲田_川上郁雄先生インタビュー

今回は、早稲田大学大学院で日本語教育を研究されており、「移動する子ども」という言葉の生みの親である、川上郁雄教授へのインタビューです。

大学院を軸に授業を開講しており、学部生は今まで授業を履修したことがない方も多いかもしれませんが、今回はそんな皆さんにもためになる貴重なお話を沢山伺うことができました。この記事を読んだら、あなたも川上先生のとりこになること間違いなしです!



学生時代 

~高校教諭を経て大学教員になるまで~


ー川上先生は民間企業への就職を考えたことはありますか?


学部生時代にテレビ局の国際局の記者になりたくて、就活を試みようと思ったことはありました。だけど実際にその会社の方と話した時に、「あなたは何が出来るんですか?」って質問されて、答えに困ってしまって。その日の帰り道には諦めました(笑)。


それから、「夏休みがないことが嫌だなあ。」と思ったのも企業への就職を辞めた理由の一つ。小学校以降毎年夏休みには半袖短パンで遊びに行くという生活を送り続けていた中で、入社して夏休み期間も毎日スーツを着て出社するというのが想像出来なかったですね。


-それは凄く思います。社会人としてやっていけるのかという不安も感じています。


そうだよね。けど不思議なことなんだけど、意外と出来ちゃう。大学院を卒業してから暫く高校教諭をやっていたんだけど、初めて給料を頂いた時に感激しちゃって。お金を頂くということは社会的に認められたということで、一人前になった気持ちになった。私にとって凄く自信になったし、同時に社会人としての責任感も芽生えたかな。


ー社会人になってお金を頂いて初めて感じる思いもあるのですね。ところで、川上先生は高校教諭として勤務されていたとのことですが、そこから大学教員に転職された転機はあるのでしょうか。


あるある。高校教諭をやっていたある時、奨学金を得て、1年間海外に留学出来るというチャンスを頂いて。私としては1年間休職して海外留学、帰国後に職場復帰しようと考えていたんです。だけど、当時は1年間だけの休職制度がなかったのか、勤め先の校長先生に「良いですよ。辞めてください。」って言われて。それで辞めたんですよ。


-思い切った決断ですね!


そうだね。当時の私はすでに妻子もいたので、妻に報告したら、妻は、「ああ。それなら辞めて良いんじゃない?」と。それで無職になって、子どもを連れてオーストラリアに留学しました。私は研究が好きだったし、私が留学した80年代当時オーストラリアは多文化主義の第一線で、世界でも最先端の政策を行っている国だったから、是非現地の教育を見てみたい!って思って。これが転職するに至った大きな転機ですね。


-とても協力的な奥様ですね。


そういう意味で妻との出会いも私の人生にとって大きな転機だったね。もし高校教諭辞めるって伝えた時に「何考えてるの?明日からの生活どうするの?」と留学を止めるようなパートナーだったら私の人生もなかったからね。皆さんも自分の人生を豊かにしてくれるパートナーと出会えると良いですね。お祈りしています(笑)。


-ありがとうございます(笑)。


研究内容について 

~「移動する子ども」学~


-川上先生の具体的な研究内容について伺いたいです。


元々日本語教育をやっていたんだけど、その中で私は「移動する子ども」っていうキーワードを作って、研究しています。「移動する子ども」というキーワードに至った背景には私の子どもの体験が関わってきます。


-お子様の体験とはどのようなものだったのでしょうか?


オーストラリアから帰国後に、また現地の教育省に勤務することになって、その時も家族を一緒に連れて行ったんですよね。当時私の子どもは小学校1年生になる年だったんだけど、現地に日本人学校がなかったから、現地校に英語力がゼロの状態で入学させました。


英語力がゼロの状態で入学したこともあって、当時は通常の授業と並行して週一回巡回式のESL教育*を受けていました。また、それとは別に土曜日は日本語の補習校にも通っていました。結果として私が現地の教育省に勤めていた2年間、子どもは平日は第2言語としての英語学習者、そして週末は継承語としての日本語学習者として生活していました。


*ESL(English as a Second Language)の略称。第二言語としての英語を指す。ESL教育は、英語を母語としない学生の為の英語の特別指導を指す。


-帰国されてからは再び日本語を用いての授業ということですよね。


そう。すると今度は「日本語が分からない」という事態が起きて。私たちは当時関西に住んでいたんだけど、学校でみんなが使っている関西弁が理解できないということで娘がショックを受けてしまって。それから、当時九九の授業をしていたこともあって、朝、教室に入る前に九九を暗唱出来なければ入室出来ないというルールがあったんだけど、私の子どもはオーストラリアで九九を学んでなかったから、それが出来なかったんですよ。その結果学校に行くのが嫌になっちゃったり、家に帰ってきたら泣いちゃったりということがありました。


-それぞれの段階に置いて苦労される部分があったんですね。


こういう子どものことを「帰国子女」とか「帰国生」と呼んでるよね。私の娘も帰国後は所謂「帰国子女」だった。オーストラリアで英語を学んでいるとき、現地の補習校で日本語を学んでいるとき、そして帰国後再び日本語で学んでいるとき、経験しているのは全て同じ一人の子どもなんだけど、大人はそれを「ESL学習者」や「日本語継承後学習者」、帰国してからは「帰国子女」というようにして、それぞれのカテゴリーでまとめて、教育しなければならないと。


でも、視点を変えれば、全て同じ子どもなんですよね。それで同じ子どもの中で多様な経験をしているけど、共通するのは、その子どもが「動いている」こと。この動いているというのはその子どもにとって凄く貴重な体験なんじゃないかと考えたんですよ。私の子ども以外にも同じような経験をしている人は沢山いて、苦労している人も多い。その一人一人が体験した言語間での移動、空間での移動、教育場面での移動というのは各々の成長やアイデンティティに繋がっているという。


この「移動」というコンセプトはこれからの時代におい欠かせないポイントになってくるんじゃないかな。単に「帰国子女」のラベリングをして、帰国子女が抱える問題という形で片付けるのではなくて、皆さんが「移動」について真剣に考える必要があるんじゃないかな。と20年前に考えて、「移動する子ども」というタームを作りました。これが私の研究の一番のポイントですね。


-移動する子どもというタームはとても新鮮です!


あと、「移動する子ども」というのは子どもだけの話ではないんですよ。皆さんのように大学生になったときも色んな想いがあって、色んな形で話してくれるんだよね。私も経験してるのは、そういう経験(移動した経験)が大人になってからどうなるんだろうという研究をしていて、40代の方や70代の方にもインタビューしてるんですよ。どんなふうに人生の中で変わっていくのか、全体を入れて「移動する子ども」学だと思っていますね。人生全体で色々なことに出会っていくかも知れない。そのことを見るための視点、それも大学生の皆さんに学んでほしいなと考えています。


大学での講義について 

「移動する子ども」を研究されるきっかけになった経験、大変興味深いものでした。

続いて、川上先生がご担当されている講義についてお伺いしたいと思います。


ー「複言語社会を知る」は、どのような授業でしょうか?


幼少期から複言語社会で成長した子どもを中心に、その子どもたちが如何に複言語を学んでいるのか、子どもの生活やアイデンティティにどのような影響を与えるかについて考える授業です。『日本語を学ぶ・複言語で育つ』という本をテキストにしたんですが、ワークブックでね、みんなで読みながら自分の意見を書き込んだりして、それが終わったらみんなで意見交換する感じでした。みんな積極的に議論してくれて楽しんでた印象がありましたね。


ー 知識伝達型ではなく、探求型授業を行っている理由や意義はありますか。


先生が学生に知識を分け与える授業は30、40年前の授業スタイルだと思っていて、これからの時代は、色んな考えを持つ学生の皆さんが自分の意見をどんどん出して、お互いに学びあう、自分はこう思うんだと発表し学びあう授業体制が必要ですね。これを探求型アプローチとか、アクティブ・ラーニングとも言います。


なんで必要かというと、社会の中でも、自分の生活の中でも、様々なことが起こる訳じゃないですか。それと、今まさに情報通信の革命の時期で、他者とオンラインでコミュニケーションしながら、その中で、自分の頭の中で考えないといけないですよね。だから、大学の授業でも、教授が言ったから正しいと思うのではなく、「本当に正しいのか」を自分の頭の中で考えることを求められると思うんです。従来のような伝達型の授業スタイルでは、こういった力を育成できないんじゃないかと思いますね。


ー どのような方が履修されていますか。


GECの科目なので色んな背景の人が参加していましたね。半分以上が複数言語に触れたり海外に住んでいたりする人で様々な背景のある方がいました。


ー 海外経験の多い方がこの授業をとられているかと感じましたが、*純ジャパがこの授業を履修する意味はありますか。*純ジャパ=過去に海外経験がない人


それはありますよー!早稲田の中にも多様な人がいるんだよ、ということを知れる機会ですよ。留学生とかも多くいて、みんな面白い経験をしています!それと、自分の体験を客観視できるいい機会にもなります。


ー と言いますと、、、。


海外に行ってないから移動してないというのは古い考え方で、全ての人は移動の中に生きてるんじゃないのと考えます。今の時代、SNSでつながったり、zoomしたり、バーチャルもリアルも境目がなくなっちゃってどこでも我々は移動している。私たちの頭の中は常に動いてるんです。


それともう一つ重要なことは、私たちが話している日本語は本当に日本語なのかもわからないんです(笑)。また考えると、生きてること自体も動いてるんです(笑)。つまり、新しい人間関係の中で新たなものを作り出そうとしてみんな動いている、そんな中で私たちは他者を理解したり、自分を表現したり、そして、それに耐えられる人を作っていくことが大学教育に欠かせないと思いますね。私の講義では、他の人の体験を聴きながら、自分の体験を振り返りつつ客観視出来るかと思います。


ー 大学教育のお話が出た中で、今後の学びのスタイルをどのようにお考えですか。


何が変わるかわからない世の中で、時代の変化に対応して、何が大事でどういう社会になるべきであるか、自分はどういうふうに社会に貢献していくべきであるのかを考えられる力を持っていてほしいです。


そのための教育として、ポイントは主体的な学びなんですよ。私の講義は、まずは自分で考えてそれを交流しようというものになっていて、高校までのインプットだけの授業から脱皮しようというものです。物事とか社会の問題など何が大事でその問題をどういうふうに考えたらいいんだろうか、問題の立て方、解決の方法を総合的に自分で考えていく力が大切になります。となると、ただ言われたことだけをこなす学びの仕方はつまらないと思いますね。

早稲田_川上郁雄先生インタビュー

川上先生の趣味はバンド活動。日研バンドという名で毎年学生とバンドを組んで活動されています。


学生へのメッセージ

ー 将来の学校教育のあるべきスタイル、大変興味深いものでした!

今の大学生、特に早稲田生に足りていないと感じられることはありますか?


正直に言うと「自信がないこと」ですね。早稲田生の中には「私なんか早稲田生と言いながらだめよね、、、」とか思ってる人いますよね。でも、そんなことなくて、自信持ってほしいんだよね。良いこといっぱい思ってるし考えているから。授業中のコメントやレポートもすごく良いし、早稲田生はやっぱり優秀だなと思います。


ー 確かに、自信がない学生が多いように感じますね、、、。


昔はバンカラみたいな人が多くて、大学入ったら勉強は一切しない。部活しかやらないとか中退がかっこいいとか、そういう人が多かったけど、今は大学に入った後もまじめに勉強して社会に出て活躍しようって人が多い。そういう意味でも早稲田生は社会から見たら優秀なんだから、ちゃんと自信を持って、自分の考えや自分の出来ること・貢献できること・特徴をきちんと言語化して発信するというのは大事だし、そうなってほしいなと思います。


ー 私達に対するアドバイスがあれば、是非いただきたいです。


それでいうと、人生に3回くらいチャンスだったりターニングポイントが来ますよ。それをね、掴めるかどうかなんだよね。知ってる?「チャンスの前髪をつかめ」っていうんです。


ー 「チャンスの前髪をつかめ」、、、。どういった意味でしょうか?


要するにね、チャンスはハゲてるけど前髪だけはあるんだって。だから、目の前に来た時に前髪をつかまなくちゃいけなくて、チャンスが過ぎたときに捕まえようと思っても捕まえられないということだって(笑)。私も(留学のための)奨学金あげるよというチャンスがあったんだけど、その為には高校教諭を辞めないといけないと。それでその時にチャンスをつかんで人生が変わったっていう。


みなさんの人生の中にもこれからチャンスがあるはずですよ!こういうふうに生きていきたいなと思ったときに目の前にやってくるもんです。ただやっぱり、これが本当にチャンスの前髪なのかなって迷っちゃうときもあるかもしれない。でも、後から考えてみると、「やっぱりチャンスだったんだ、決断してよかった」て思う時が来るよ。


ー 「チャンスの前髪」をつかめるように頑張っていきます(笑)!

では、最後に学生へのメッセージをお願いします!


やっぱり「新しいことに挑戦すること」ですね。大学っていうのは、本当に新しいことを経験する、つまり高校時代とは違う環境の中で、色んな人に出会って色んな勉強しながら学べるという時なので、何事も怖がらずに挑戦していくことが、皆さんの成功に繋がると思いますね。


私自身も、大学の教員をやってて楽しいと思うのは、人生の貴重な時間に皆さんと出会って共に考えたり議論したりできるっていうこと。それを嬉しく思っていて、それが何か皆さんの人生の役に立つことが一つでも二つでもあればすごくいいなぁと思ってます。

皆さんのこれから成長していく姿を見るのはとても楽しみだなと思っています。


最後のメッセージも含め、今日伺ったお話の全てがとても心に刺さりました。

川上先生、この度は貴重なお時間を本当にありがとうございました。


教員プロフィール

担当科目 (2021年現在)

・複言語社会を知る


川上郁雄研究室URL

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