法学部 教授 / 早稲田大学ジェンダー研究所メンバー
専門
西洋史 / ドイツ史 / 西洋ジェンダー史
今回は、法学部教授の弓削尚子先生にインタビューを行いました!弓削先生は、「西洋ジェンダー史」という分野を切り拓かれている歴史家です。ジェンダー学について知見を深めたい方、優しさで包み込んでくださるかのような弓削先生の魅力を知りたい方は必読です!
大学生時代
~女性ばかりの環境で学ぶ~
- 先生はお茶の水女子大学出身ですよね。お茶の水女子大学に進学された理由はありますか?
出身が名古屋近郊の都市で地方にいたので、東京への憧れがあったんです。それに私の親は絶対国立へ行ってほしいという思いがあったので。あと、今の研究関心にも繋がるんですけど、私は中高一貫の進学校に通っていたのですが、男女比が2:1くらいで女子の方が少なかったんですね。中高にいる間に女子大へ行きたいと思うようになりました。何だか女性として異性を意識している自分が嫌だったし、女性だけの環境で学びたいという思いがありましたね。
- そうだったんですね。国立かつ東京にある女子大ということでお茶の水女子大学を選ばれたのですね。
そうですね。その時はバブルの時代で、東京の大学って華やかなイメージがあったけれど、実際に大学で出会ったのは地味で真面目な人が多かったかな(笑)。でも女性ばかりの学びの場は心地良かった。クラスには防衛庁に行きたい子や、学者になるんじゃなくて学者の妻になりたいという子もいて、女性の生き方の振れ幅の大きさもおもしろかった。
- なるほど。アルバイトなどはされていましたか??
家庭教師をしていました。同じ家庭の姉妹に教えて、大学院時代まで働きましたね。家庭教師をしていると、その家庭のご両親のあり方や親子関係が見えてくるんです(笑)。日曜日の朝に私が行くと、お父様が、「尚子さん、朝食まだでしょ~。」と、よく朝食を作ってくださったんです。私は、「あ、男の人が台所に立っている。自分の父親とはまるで違う。」と感心しました。そのお父様と娘達との関係や家庭での位置というのも印象的でした。
この経験は大きくて、個人のジェンダー意識って、家族など一番身近な人間関係によって作られてしまうと実感しました。だから、皆さんも、いろいろな家庭や家族のあり方に触れる機会があるのが良いと思います。
- そうした大学生活を過ごす中で、ジェンダー学に興味を持たれたのですか??
大学生活の中でというよりは、女子大を選んだ時点で、今でいうジェンダー的な関心はありました。とにかくずっと日本社会の男女不平等で保守的な考え方が嫌でした。当時のお茶の水女子大学は、女性学研究のメッカで、パイオニア的な先生方がいらっしゃいました。私自身は史学科でしたが、「女性問題」という一般教育科目などもとりました。その授業では、「松田聖子は結婚しても歌手を辞めない」ということの意味を学生に問いかけたり、こういう身近な話題も学問にできるのかと衝撃を受けましたね(笑)。
女性史に関する授業では、誰でもいいから女性を掘り起こしてレポートを書くというものもありました。なんて素敵な課題なんだろうと思ったけれど、一方で、女性の偉人についての資料は少ないし、偉人でない普通の女性たちに関してはどうアプローチすればよいのかわからない。先生はそういった苦労を体験させたかったのでしょうね。歴史学というのはやはり男性主体で行われてきたと感じました。
-「西洋ジェンダー史」という分野に至ったのも学生時代ですか??
そもそも「ジェンダー史」という概念が登場するのは日本では1990年代後半で、私が博士課程のころでした。ジェンダーとドイツ史を別分野として扱うのではなく、ドイツ史をジェンダーという観点から研究しようと思いました。「西洋ジェンダー史」という言葉は今もあまり使われていない言葉なんじゃないかな。
こうした研究は、他の大学なら実現できなかったかもしれないし、女性のことを研究するというだけで潰されることもある時代でしたしね。お茶の水女子大学は女性学やジェンダー研究を後押しする環境で、指導教官も自由に好きなことをやるのがいいという方針でした。
- 先生は西洋ジェンダー史のパイオニアですね。
いえいえ、素晴らしい先達がたくさんいらっしゃいます。大学院で留学した時、漠然とドイツの女性史を研究テーマにしたいと思いましたが、具体的なテーマは決めかねていました。
ドイツで男性のジェンダーを歴史的に分析する男性史研究と出会い、ジェンダー史という枠組みで、女らしさ・男らしさのからくりを解きたいと思うようになったんです。
- 先生は女性ばかりの環境で主体的に考えながら学ばれていたのですね。そんな先生の学生時代と現在の早稲田生との違いはありますか??
早稲田に来てびっくりしたのは、学生が多いことでした。学生に対して先生の数が少ないですよね。一回も先生の研究室に入ったことのない学生がいるということに驚きました。
- 入ったことないです・・・!
ねえ(笑)。びっくりです。私たちお茶の水女子大学の史学科は一学年、21人しか学生がいないのに対して先生が8人いたので、基本的に学生と教員はお互いのことをよく知っていました。私は大学院までずっとお茶の水女子大学で過ごしたのですが、大学構内ですれ違った時にも、「最近どう?」など先生方から声をかけていただけることが多かったです。けれど早稲田大学に着任すると学生の数が多くて、果てしないというか(笑)。もちろん面白い学生とも出会えますし、研究室に遊びに来てくれる学生もいますけど(笑)。
研究者という道へ
~ジェンダー概念と現代社会~
- お茶の水女子大学・大学院卒業後に大学教員という道に進まれた理由は何ですか??
漠然と研究者になりたいという想いをもっていました。なので就職活動はまったくしていないんです。今思えば、社会勉強のためにしておくのも良かったと思いますけど(笑)。
- そうだったんですね。
日本で「普通」とか「一般的なコース」とされているものがあまり好きではなくて、会社で働くというのも嫌でした(笑)。面接をした経験といえば、大学院でドイツ留学に行くときの奨学金の面接と、大学の教員になるための公募採用の面接くらいです。
その時もね、子供が駄々をこねるみたいに、「普通にスーツで行くのは嫌だ!」と騒いでいましたね(笑)。でもね、さすがに落とされても困るし、面接の作法ですから、スーツを買って着て行きました(笑)。
- 着て行かれたんですね(笑)。
そう。なのでね、皆さんも今同じ格好をして就活しているのが本当に気の毒でね。私のゼミには、「自分はパンツスーツで就活やり抜いた!」「なんで就活の時に、女子学生はスカートを履かなきゃならないんだ。」って言ってる学生さんがいてね、そういうのを見て私も、あっぱれ!って、嬉しく思ったり(笑)。
- その学生さんの気持ち少し分かるような気がします(笑)!教員になられてから、法学部ではドイツ語や西洋史を中心に教えていられて、GECのオープン科目でジェンダーに関する授業をお持ちになられていますよね。
そうですね。法学部のドイツ語の授業などでも、たまに歴史やジェンダーの話を盛り込んでいますけど(笑)。ジェンダーはどんな分野にでもくっついてくる議論なので。
- なるほど。ジェンダー学をご研究されている先生からみた日本社会におけるジェンダー問題とは何でしょうか??
まあ、政治家の意識は困ったものですね。あと、人びとのジェンダー観に関しては一概に世代の違いで割り切れないと考えています。上の世代がジェンダー的にあまり寛容でないというのは、単にそのような話題に触れる機会がなかったり、知らないだけで、対話をしたら寛容になれるのではないかと思います。つまりは、経験値が少ないというだけ。経験値が少なければ、若い世代でも考え方が硬くなります。
- なるほど。確かにそうですね。
今の時代は経験値を容易に高められると思います。たとえば、若い人たちが目にする漫画でもドラマでもLGBT+のコミュニティのお話があったり、「セクマイ(セクシュアルマイノリティ)」なんていう略語も一般的に使われたり、友達にゲイやバイの子がいたりと。こないだも、ある女子学生が、「先生、私の父親、私が男と結婚すると思ってるんですよ!!」と言ったりして、ずいぶん性的多様性の認識が高まったなぁと感じました。でもやっぱり、経験値にかかわらず、寛容でない人はいるので難しいですよね。
- 確かに。世代論では片付けられない問題ですね。
現在でも依然として性的多様性やジェンダーの知にアクセスできず、自分の性について悩み苦しんでいる人もいますよね。皆さんは早稲田でジェンダー学含め、多様な授業を受けられたり、ダイバーシティ推進室やGSセンターがあったりと、いろいろなリソースがあります。
でもたとえば、地方の大学ではそういう教育やサポートのコミュニティがない人もいるわけです。今はネットもあるし、いろいろな情報へ簡単にアクセスできると思われがちだけど、地域や所属するコミュニティによっては、一歩が踏み出せないという人も多いんですよね。
- ジェンダーやセクシュアリティをめぐる考え方に関して、徐々にではありますが寛容な社会になっていると思います。でも、まだまだ一歩を踏み出す機会がなく、辛い思いをされている方は沢山いますよね。
そうですね。特に2010年代以降の世界を見ると、セクシュアリティやジェンダー関係が、加速的にリベラルな方向へ向かっている状況があります。同性婚などの問題に対しても寛容になってきました。
それでも、こうした流れについていけず、変化しつつある社会に取り残されていると感じる人たちもいる。そのような人たちとつながることも必要だと思います。
- 歴史の流れの中で、今の時代というのはジェンダー学的にはどのような役割を果たしていますか??
男性・女性と二つにくっきり分かれる二元論的な考え方って、西洋近代特有といわれているものです。非常にわかりやすい分け方なので、多くの人が心地良いと思うものですよね。
けれど、実は性別ってこうした二元論的にハッキリと分かれるものではないんです。今まで、この二元論的な考え方にどれだけ多くの人が傷つき辛い思いをしてきたのか、社会的に抑圧されてきたのか。こういったことについて、あまり考えられてきませんでした。20世紀末ごろから、ようやく性別二元論ではとらえきれない人たちの存在が認知され始めました。
- 最近では、二元論的な考え方を無くそうとする動きが出ていますよね。
そうですね。実は近代以前も性別がそれほど絶対視されていない時代がありました。そのような時代は、性別よりも身分の差異の方が重かったので、どちらにしろ単純に現代と比較することはできません。
ですが、そのような時代のことを調べていると、性の二元論に縛られていない大らかさに出会うことがあります。ジェンダーって、違う文化、違う社会でどうなのかと空間を移動して考えるだけでなく、時間をも移動して考えることができる学問なんです。文化的、社会的に構築されるだけでなく、時代的にも構築されている。
現代は多様性の時代ですが、二元論的な考え方も根深いですよね。革新的な人と保守的な人がどのように同じ時代で生きていけばいいのか、考えます。それには、お互いにリスペクトしていく必要があります。セクシュアルマイノリティの人たちにとってはまだまだ足りないことの多い世の中ですが、昭和の時代よりは明らかに良くなってきました。
- なるほど。
教育もジェンダーという観点から見ると、以前よりはだいぶ改善されていると思います。でも教材などを見ると、昔ながらの性の捉え方が再生産されていることに気がつくことはまだまだありますね。
ドイツ語の教科書に、例文として「彼女は台所で母親の手伝いをする」という文章があると、その文章をドイツ語にすることに苦心する学生は、やっぱり女の子は台所の手伝いをするものなんだよな、という価値観が無意識に形成されてしまいますよね。
- そうですね。
ドイツで作られているドイツ語の教科書は、たとえば、家事に関するドイツ語の語彙を学ぶセクションには、すべて男性が家事をやっているイラストが使われていたり(笑)。ちょっとやりすぎな感じもしますけどね(笑)。教科書一つにしても、表現を変えたり工夫したりと、コアな部分を変えていく必要があると思いますね。
- 日常のあらゆる場面において、ジェンダーという概念は再生産されてしまっていますよね。
学生に向けて
~対話すること~
- ジェンダー問題がまだ根深く存在している社会を変えていくために学生ができることは何でしょう??
やっぱり話すことだと思います。「それっておかしくない?」と、声に出して伝えてみること。そしてそれがなぜおかしいと考えるのか、話すことが大事です。
相手が単に気がついていないことも結構多いですよね。正解不正解ではなくて、自分の考えを伝え、相手の考えを知ることが大事だと思います。
- 伝え方や話し方も対話をする上で大事ですよね。
そうですね。ジェンダーの授業でも対話は大事という話をよくするんですけど、授業が終わるとね、学生さんが彼や彼女と別れたというケースがあるんですよ(笑)。
ずっと前ですけど、ある男子学生が彼女と食事の時、おひつから自分のご飯をつごうとしたら、「それって私の仕事じゃない?」って彼女に言われたらしく、一瞬迷ったけれど、これは言おうと思って、彼は、「近くにいる方がつげばいいじゃない?」って言ったと。結局彼女も、納得して話は終わったらしいのですけど。
- 気になったことをその時に口に出すのは簡単なようで勇気がいることですよね。
そうですね。それこそ将来、結婚する時やキャリアを考える時に、しっかり対話できる相手であることが大事ですよね。
- ほんとですね。先生自身、日々意識していることや「座右の銘」はありますか?
座右の銘というほどのものではなく、当たり前のことですけど、ドイツ語のVorurteil、英語のprejudiceをもたないようにすることですね。この言葉は「判断をする前」、すなわち「偏見」や「先入観」を意味します。「あの先生はこうだよね」とか「彼はこうだ」と決めつける前に、話してみることが大事かなと思います。話してみて、自分との差異を感じたり、違和感を覚えても、それを自分で捉え、考えてみる。ジェンダー問題に限らず、いろいろな人びとの差異というのをリスペクトしながら、ダイバーシティの時代を生きていくのが理想ですね。
- なるほど。他者との違いを理解する第一歩として対話は不可欠だと実感しました。
ジェンダー教育に触れられる環境にいるからこそ、より主体的にジェンダー問題などに理解を深め、他者と盛んに対話をしていきたいと思います。
弓削教授、今回は取材にご協力いただき大変ありがとうございました!
教員プロフィール
担当科目(2020年現在)
総合講座「法批判への招待」
西洋史 I B
総合講座「歴史・思想研究入門」
総合講座「ドイツ語圏を知る」法学部
独語初級 I(基礎)3D
独語初級 II(基礎)3D
独語中級 I(総合)3
教養演習(ドイツ語圏)H
教養演習(歴史・思想)C
ジェンダーと法 A
ジェンダーと法 B
ジェンダーを考える1(グローバルエデュケーションセンター)
ジェンダーを考える2(グローバルエデュケーションセンター)
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